Blog & News
2024 Aug
11
ブログ

新紙幣の人物は何をした人?3人の功績とお札のモデルの決め方とは

新紙幣のモデルとなった3人の人物の偉業について、ご存知でしょうか。

お札のモデルとなるには、後世まで語り継がれる功績が必要です。

新紙幣に描かれている3人も、今の日本を支える素晴らしい偉業を果たした人物たちです。

この記事では、新紙幣の3人の功績について詳しく解説します。

お札の人物の決め方もご紹介するので、ぜひ最後までご覧ください。

新紙幣の人物たちは何をした人?

2004年以来、およそ20年ぶりに新紙幣が導入されました。

お札に描かれた人物は渋沢栄一津田梅子北里柴三郎の3人です。

彼らそれぞれが遺した偉業の内容を、ご存知でしょうか。

ここでは新紙幣のモデルとなった3人の功績を、順に見ていきましょう。

新1万円札:渋沢栄一

【簡単にわかる!渋沢栄一という人物】・「近代日本経済の父」「日本資本主義の父」などと呼ばれる実業家・のちの徳川15代将軍の一橋慶喜に仕える・現代の日本に残る、数多くの有名企業の設立に深く関わる

新1万円札に描かれている渋沢栄一は、「近代日本経済の父」「日本資本主義の父」と呼ばれており、生涯で500もの企業の設立に関わった実業家です。

みずほ銀行につながる「第一国立銀行」、東京証券取引所の前身である「東京株取引所」などの設立にも携わっています。

そんな渋沢栄一が生まれたのは、江戸時代末期の1840年。

現在の埼玉県深谷市の農家で誕生しました。

成長を遂げた渋沢栄一は、のちの徳川15代将軍の一橋慶喜に仕えることに。

そこで手腕を発揮し功績を認められたことで、慶喜の実弟である徳川昭武に随行し、パリの万国博覧会を見学する機会を与えられます。

パリで欧州諸国の経済状況や文化などを広く見聞した渋沢栄一は、日本の近代化への必要性を強く実感。

帰国後は日本初の合本(株式)組織「商法会所」を静岡に設立します。

その後も、全国でさまざまな銀行の設立や育成、さらに現代のJR東日本である日本鉄道の発展にも貢献するなど、現代の日本になくてはならない数多くの企業を支えてきました。

新5,000円札:津田梅子

【簡単にわかる!津田梅子という人物】・女性教育の先駆者・6歳でアメリカに留学し、海外の前衛的な教育思想を日本に持ち帰る・現在の津田塾大学を開校し、当時の女性教育の礎を築く

新5,000円札に描かれている津田梅子は、日本の女性教育の先駆者です。

彼女は1864年に江戸で誕生します。

わずか6歳のときに開拓使嘱託であった父の勧めで、アメリカ留学を決意。

11年に渡りアメリカの前衛的な教育を身につけた津田梅子は、帰国後、日本の女性教育の遅れに衝撃を受けます。

「日本女性の地位を向上させたい」という夢を抱えながら、華族女学校の教授として教鞭を振るっていた彼女は、1889年にアメリカへの2度目の渡航を決行。

ペンシルベニア州のブリンマー大学で質の高い教育を再び受けた津田梅子は、在学中に「日本婦人米国奨学金委員会」を設立します。

これは日本女性のための奨学金制度で、当時、多くの日本人女性の学びを支えた存在です。

その後、帰国をした津田梅子は1900年に念願の「女子英学塾」を開校。

のちの津田塾大学であり、当時の女性教育の先駆的機関となりました。

新1,000円札:北里柴三郎

【簡単にわかる!北里柴三郎という人物】・「近代医学の父」と呼ばれている細菌学者・ドイツに留学し、破傷風菌だけを取り出して培養する「純粋培養」に世界で初めて成功・「私立北里研究所」を設立し、インフルエンザや狂犬病、赤痢などの血清開発を実現

新1,000円札に描かれた北里柴三郎は、細菌学者です。

破傷風の治療法を世界で初めて確立し、「近代医学の父」と呼ばれています。

彼が生まれたのは1853年、現在の熊本県阿蘇郡で産声をあげます。

23歳で上京し、東京大学医学部の前身である「東京医学校」に入学。

卒業後はドイツに留学し、当時では不可能とされていた破傷風菌だけを取り出して培養する「純粋培養」に、世界で初めて成功します。

さらにその後、菌の毒素を少しずつ体内に注射して抗体をつくる「血清療法」も開発。

当時、伝染病に対して有効な治療方法が確立されていない中、血清療法は画期的な医療技術として、世界中の人々から注目されました。

帰国後は「私立北里研究所」を設立し、インフルエンザや狂犬病、赤痢などの血清開発を続けます。

生涯にわたって病気を未然に防ぐための技術の発展に貢献し続けてきた彼の意思は、現代の医療にも受け継がれています。

お札の人物の決め方とは?

動物や風景ではなく、人物をメインとしてお札はデザインされています。

これは人間には人の顔のわずかな変化に気づける特性があることから、お札の偽造を防止するためです。

お札の人物を決める工程は、まず通貨行政を担当している財務省、発行元の日本銀行、製造元の国立印刷局の三者で協議が行われます。

その後、日本銀行法に従って、財務大臣が最終的な決断を下します。

お札のモデルとして選ばれるには、次の条件を満たしていることが条件です。

精密な写真があること

お札の人物となるには、偽造防止のためになるべく精密な写真が残されていることが条件の1つです。

そのため写真技術が発展した明治以降に活躍した人物が、選ばれる傾向にあります。

さらに、その写真が品格のある肖像であることも求められます。

誰もが知る業績があること

お札のモデルとなるには、日本国家の発展に貢献した業績が残されていることも必要です。

また、その業績は年代や暮らしのレベルなどに関わらず、誰もが知っていることも条件とされています。

そのため教科書に掲載されている人物が、お札になることが多いようです。

顔にヒゲやシワがあったほうが良い

かつては偽造防止のため、「ヒゲやシワなどがある描写の難しい顔」が、紙幣のモデルに求められる条件の1つとされてきました。

しかし旧紙幣の樋口一葉は、ヒゲもシワもない顔をしています。

現代のお札は偽造対策技術が高いことから、近年では顔のパーツが複雑でない人物も、お札のモデルとして候補に挙がるようです。

政治家はお札になれない

お札になっている人は基本的に全員文化人です。

過去には政治家の伊藤博文もお札になっていましたが、基本的には現代では、政治家が紙幣のモデルになることはないと言われています。

政治家は後世でどのような批判を受けるかわからず、お札を使う人の気持ちや思想に配慮しているためです。

参考:
財務省「紙幣に描かれている肖像画には基準があるのです」

三井住友信託銀行株式会社「第7回 紙幣の顔はどう決まる? | 池上彰のいまさら聞けないお金のはなし 」

新紙幣はいつから?

新紙幣は、2024年7月3日から発行されました。

流通が安定するまでは見かける機会は少ないですが、金融機関やATMの両替などで、入手できます。

ただし、新紙幣に対応していない店舗も多く、使用できる場所とできない場所があるため注意が必要です。

とくに自動販売機や券売機などは未対応の機器も多いため、旧紙幣やキャッシュレス決済なども、備えておくと良いでしょう。

新紙幣の3人の功績を知ろう

新紙幣のモデルとなった人物について、知らない方も多いことでしょう。

日本の紙幣に描かれる人物は、全員が経済や教育、医療など、今の日本の根幹を支えてきた人たちです。

彼らの偉業を知ることで、新紙幣に対する意識にも変化が現れるかもしれませんね。

この記事が、新紙幣のモデルとなった人物への関心度を高めるきっかけとなれば幸いです。